自意識過剰な男はモテナイ。

自意識過剰男にはなっていけない

 

 

北目から、すこしカゲがあり、酸いも什いもかみ分けた二枚目というのは、男性としての理想像だといわれている。スクリーンに登場する二枚目はこのタイプが多い。いい例が、俳優の高倉健さんや『カサプランカ』『マルタの服』などのハンフリー・ボガートである。過去を背負い、たとえ女性から「明日の夜、あいてない?」といわれでも、「明日のことなんかわからない」とカッコよく受け流してしまう。私の若いころの文学青年などにも、多く見受けられたタイプだ。

 

ところが、最近少なくなったとはいえ、まだまだ、このタイプが根強く生き残っているから驚いてしまう。先日も見かけたのだが、二、三人の若い女性が歩いてきて、なかの一人が顔見知りの若者を見つけたらしい。若い女性が軽く会釈すると、その若者は、相手に気がついたにもかかわらず、目線も合わさずに、ちょっとアゴを動かしただけで行きすぎてしまった。

 

まだこういうタイプがいるのかと、やはり自意識過剰だった若き日の自分と重ね合わせて、こちらまで恥ずかしくなってしまった。これがいい男というものだと思い込んでいるのだったら、見当速いもはなはだしいことは、
女性の渋い顔からも明らかだった。

 

無愛想の演出は、人間関係の基本をぶち壊すだけ「無口であまり感情を表に出さないのが男のスタイルであり、カツコいい」と思い込んでいる男性の多くは、それが女性から見れば、ただの暗い男無愛想な男にしか見えていないことに気がついていない。そして、えてしてこういう男に限って、なぜ女性が近づいてこないのだろうか、と悩んでいたりするものだ。しかし、断言してもいいが、こういうタイプの男がモテるためには、町村正和クラスの兜の色気を感じさせる魅力でもなければ、とても無理である。スクリーンと現実はまったく違うと思ってほしい。こうしたタイプの男性は、女性からすると、結局、自分がかわい
く、自分にしか興味を持っていない男に見えてしまう

 

 

とくに、先の実例の男性のように、すれ違っても挨拶もしないというのは、人間関 心をいつの間にかっかんでしまう「会話術」係の基本をそこねている。社会というのは、毎日、何十人ものさまざまな人間と出会う場だ。すれ違うだけのこともあれば、長々と話をする場合もある。

 

だが、いずれの場合でも、まず人間関係の入口として、相互に相手の存在を認め合う儀式、すなわち挨拶からすべてが始まる。その挨拶をしないというのは、相手の存在を無視しているということだ。暗い男、無愛想な男ぐらいの評価ですめばまだましで、じつに無礼な男だということにもなりかねない。

 

 

《対策》挨拶の言葉は、女性からかけられる前に、こちらからかける最近転職した友人と会って、新しい職場はどうだと聞いたところ、「毎日、健康飲料を飲むようになった」という返事が返ってきた。というのは、その会社には毎朝、年配の女性が健康飲料を売りにくるのだが、彼女が朝、明るい笑顔で「おはようございます」と元気に入ってくると、職場の人間のほとんどは、仕事を中断して彼女から健康飲料を買うのだそうだ。以前の職場でも、そういうセールスの女性は来ていたのだが、そのときはとくに飲もうという気がなかった彼も、彼女の元気な挨拶を聞くと、ついその健康飲料を飲みたくなってしまうそうだ。

 

明るい挨拶をされて不快に思う人はまずいないだろう。他人に好印象を与えようと思ったら、人と会ったときには、大声でなくていいから、こちらから先に挨拶するよう心がけるといい。それだけでも、無愛想なイメージはなくなる。このときに、あなたに出会えてうれしいという、すっきりした笑顔ができれば、相手に、より親しみを感じさせやすくなる。これは相手が女性の場合に限らず、だれにでも通用する。さらに、女性と話をするときは、相手の目を見て訴すこともたいせつだ。目は口ほどにものをいうと昔からいわれるように、人間の意志や感情はすべて目にあらわれるものだ。相手の目を見ることは、自分の自信を培うのにもつながり、話す内容も
ストレートに伝わりゃすくなる。

 

とくに、男性とすぐなれなれしくなるようなことのない女性には、すすんで挨拶をし、話すチャンスがあるなら、きっちりと相手の目を見て話すことをおすすめする。そういう女性はえてして、ふだんは異性の前で自分を開放することをためらっていることが少なくない。だから、相手がとくに自分を選んで注目してくれたという思いが
一層強くなり、こちらに対しても心を聞いてくれるはずだ。

 

「ありがとう」というちょっとしたひと言が、好印象を生む女心をいつの間にかっかんでしまう「会話術」

 

《実例》ほんとうに魅力的な男とは?アメリカでは一時、ヤッピ!といって、モlレツに働いてお金を稼ぐ若手ビジネスマンがもてはやされたが、日本でも、最近はヤッピ!のように働くヤング・エグゼクテイブといわれる若者が増えてきていると聞く。彼らはパリパリ働き、よく稼ぐから、さぞかし女性にモテそうな気もするが、モテるのは一部だけで、意外にモテない男性が多いという。

 

 

ある女性にいわせれば、ウワサとして聞くぶんにはずいぶん魅力的な男性に感じるが、実際に同じ職場にいると、鼻持ちならない存在なのだそうだ。彼の机にお茶を持って行っても「ありがとう」のひと言もいわない。コピーを頼むときも、「これをとってくれ」と命令口調である。「すまないね」ともいってくれない。頭にきた彼女は、こんな男なら、すこしくらい仕事ができなくても、きちんとお礼をいってくれるふつうの男のほうがずっとマシだ、と語っていた。

 

この彼も現在、女性には縁がなく、声をかけてもあまり相手にされないという。先の女性にいわせれば、モテないのは当たり前といったところのようだ。

 

《なぜモテないか》このちょっとした気遣いが差を生むー映画『男はつらいよ』に、こんな一シlンがあった。「とらや」に居候することになったあるアメリカ人が、寅次郎の妹・さくらと博の夫婦のやりとりを見て不思議に思う。なぜ、夫の博は、さくらにお茶をいれてもらっても「ありがとう」のひと言もいわないのか、わからいのである。そこで、寅さんは、これを心の通い合った日本人同士のやりとりだというのだが、問題なのは、最近の日本人が、この心のやりとりを誤解していることが少なくないことだ。「ありがとう」のひと言もいわないですませられるのは、お互いにわかり合った者同士の話で、まだ親しくもない間柄で「ありがとう」のひと言もないのでは、相手の目には横柄な男としか映らないだろう。とりわけ、日本人の男性の場合、親しい女性に
は聞親の代役を求める傾向が強いから、母親に接するのと同じように「ありがとう」久心をいつの間にかっかんでしまう「会話術」

 

を省略するのだが、これから恋人になるかもしれない相手は母親でもなんでもない。かつて自分の世話を当然のように焼いてくれた旬親と、恋人とは追うのだ。

 

また、お茶をいれてくれたり、コピーをとってくれる女性も、それだけが行事ではなく、男性へのサービスからやってくれていることが多い。それなのに、感謝の一言葉のかけらもないのでは、好意に砂をかけられたように思う。これでは印象は悪くなるばかりだ。

 

《対策》雑用を自分でしてみることで、女性の気持ちもわかるようになる

 

売り家と唐様で書く三代目H という言葉はご存じと思うが、良家のボンボンほど自分の庖を出してしまいやすいという意味だ。英才教育を受けてきたのだから、一見、仕事ができるように見えるが、じつは肝心の人間関係がわかっていない。下の者にへンにいばったり、さきほどのお茶くみの話のように「ありがとう」のひと言もいわないから人に嫌われやすい。下の者は、なんでもきいてくれるほ親代わりH のような
ものだと思っているのだろう。そんなJ ニ代目のボンボンH でも、一度、丁枕としてよその応で働くと、まったく人当たりが変わるという。雑用と思っていたことを自分で体験することによって、そのたいへんさが自分でわかるようになるからだ。だから、下の者にも安易に母親代
わりを求めなくなる。もちろん、こんな二代目なら、まわりにも人気があり、応を潰してしまうことなどないだろう。先のヤング・エグゼクティブに限らず、自分ではそれと知らずに女性の前で横柄な態度をとっている男性は少なくないようだ。無意識に行っていたそうした不注意のために、女性から相手にされないのではバカバカしい。

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